ブラッサム悠樂軒のモデルは燕楽軒!読み方・ツバメの意味・キャスト

ブラッサム悠樂軒のモデルは燕楽軒!読み方・ツバメの意味・キャスト

『ブラッサム』で葉野珠が上京後に働きはじめる洋食店「悠樂軒」。この店に実在のモデルはあるのでしょうか。

読み方は何と読むのか、店内にツバメの意匠がいくつも置かれている理由も気になるところです。

店長の熊田や先輩ウエイトレスたちを演じているのが誰なのか、名前で検索している方も多いのではないでしょうか。

結論から書きます。悠樂軒は公式ドラマガイドに「架空の店」と明記されており、その名は宇野千代が実際に働いた「燕楽軒」にちなんでいます。

目次

ブラッサム悠樂軒のモデルは燕楽軒|公式ドラマガイドに明記された架空の店

ブラッサム悠樂軒のモデルは燕楽軒|公式ドラマガイドに明記された架空の店

悠樂軒は実在の店ではなく、宇野千代が実際に働いた西洋料理店「燕楽軒(えんらくけん)」にちなむ架空の店です。これは推測ではなく、NHK出版の公式ドラマガイドの美術特集にはっきり書かれている内容です。

『ブラッサム』の登場人物や劇中の雑誌名は、史実の名前を少しずらして作られているものが多くあります。悠樂軒もその一つです。

読み方は「ゆうらくけん」です。モデルである燕楽軒が「えんらくけん」ですから、音の響きも近い形で作られていることになります。

ドラマのなかでは、珠が上京してはじめて得た「東京での居場所」として描かれます。女学校を出て代用教員を解雇され、親戚を頼って上京した珠が、ウエイトレスとして働きながら小説を書き始める場所が悠樂軒なのです。

つまりこの店は、単なる勤め先ではありません。珠が作家になっていく過程そのものの舞台として設計されています。

燕楽軒は宇野千代が実際に働いた西洋料理店

モデルとされる燕楽軒は、宇野千代が大正6年(1917年)、20歳で上京した時期に勤めた東京の西洋料理店です。『ブラッサム』の時代・風俗考証を担当した刑部芳則氏の評伝に、その記述があります。

千代は上京後、事務職員や家庭教師、給仕といった職を次々に変えています。燕楽軒での給仕はそのうちの一つでした。

重要なのは、この店が千代にとって文学者と出会う入口になったことです。ここで知り合った人たちが、のちの千代の人生を大きく動かしていきます。

燕楽軒があったのは東京・本郷です。編集者や作家が集まる店だったと、地域情報誌の記事でも紹介されています。

(参照:さんたつ by 散歩の達人・宇野千代と本郷の燕楽軒に関する記事)

なお、実在の燕楽軒の番地や現在の状況については、本記事で確認できた一次資料に記載がありませんでした。裏が取れていないため、ここでは書きません。

「悠樂軒」という名前の作り方|一文字ずらす命名法

『ブラッサム』の固有名詞は、史実の名前から一文字だけをずらして作られている例が目立ちます。燕楽軒から悠樂軒への変換も、この流れのなかで理解すると分かりやすくなります。

公式ドラマガイドの誌面から読み取れる対応を並べると、法則が見えてきます。

史実(実在)ドラマでの名前
燕楽軒(西洋料理店)悠樂軒
『中央公論』『首都公論』
同人誌『海鳥』同人誌『黎明』
川端康成川岸康成
広津和郎広瀬和郎
萩原朔太郎萩宮朔太郎
公式ドラマガイドの記載と誌面から整理(確認日:2026年10月26日)。燕楽軒→悠樂軒と吉屋信子→土橋風子は誌面に明記、ほかは史実と並べると対応が読み取れるもの

このうち、公式に「モデルです」と言い切られているのは4組だけです。葉野珠=宇野千代、西尾一路=尾崎士郎、土橋風子=吉屋信子、そして悠樂軒=燕楽軒です。

登場人物のモデル関係をまとめて確認したい方は、ブラッサムの実在モデル一覧もあわせてご覧ください。

悠樂軒の象徴はツバメ|ステンドグラス・ついたて・献立表

悠樂軒の象徴はツバメ|ステンドグラス・ついたて・献立表

悠樂軒の店内でくり返し出てくるモチーフはツバメです。公式ドラマガイドの美術特集に、店の象徴としてツバメが置かれていること、そして店内各所にツバメがあしらわれていることが書かれています。

ツバメが選ばれた理由について、公式が「燕楽軒の『燕』だから」と明言している記述は見つかりませんでした。ただし店名の由来が燕楽軒であることは明記されていますので、「燕」の字を受けた意匠と読み取るのが自然だと考えられます。

架空の店に実在の店の名前をそのまま使うことはできません。それでも美術の側は、名前の由来をデザインのなかに残しました。

名前を変えても由来が消えないように作る。この手つきは、ドラマ全体の名前の付け方とも重なっています。

ツバメはどこにある?ステンドグラスとついたて

公式ドラマガイドの美術特集に挙げられているのは、ステンドグラスとついたて、そして店内各所の装飾です。放送を観るときは、まずこの2か所を探すと見つけやすくなります。

ステンドグラスは、光が入ると一気に目を引きます。大正期の西洋料理店という設定にも合う素材です。

ついたては客席の区切りに使われる調度ですから、カメラが店内を横に振ったときに映り込みます。会話シーンの背景に入りやすい位置だといえます。

なお、ツバメの意匠が何か所に置かれているのかという具体的な数は、公式に発表されていません。「ステンドグラス・ついたて・店内各所」という記述までが確認できる範囲です。

献立表もオリジナルでデザインされている

悠樂軒の献立表は、既製品ではなく番組のためにオリジナルでデザインされたものです。これも公式ドラマガイドの美術特集に書かれています。

献立表は、カメラに大きく映る小道具ではありません。それでも作り込まれているのは、画面に映らない部分まで整えておかないと、役者の芝居が嘘になってしまうからだと考えられます。

東京パートの食べものとしては、カツレツやビフテキが挙げられています。大正期の西洋料理店で出されていた品目です。

衣装の側にも同じ姿勢が見えます。悠樂軒のエプロンの襟元のレースは、文献をもとに、着物に合うかたちでデザインし直されたものだと公式ドラマガイドに書かれています。

美術のコンセプトは「生々流転」とキーワード「ゆがみ」

悠樂軒の意匠は、ドラマ全体の美術コンセプトの一部として設計されています。美術統括の掛幸善氏が掲げたコンセプトは「生々流転」で、キーワードは「ゆがみ」です。

「変化そのものをコンセプトにした」という考え方のもとで、岩国の葉野家の桜の樹形も、間取りも、珠の髪形までが統一されていると公式ドラマガイドは説明しています。

舞台は岩国から東京、札幌、そして再び東京へと移ります。悠樂軒は、その「東京」のまっただなかにある店です。

岩国の家は父に見張られる窮屈な間取りでした。それに対して悠樂軒は、珠が自分の名前で賃金を得て、自分で文学者と話す場所になります。

史実では18日間だけ|宇野千代と燕楽軒の本当の関係

史実では18日間だけ|宇野千代と燕楽軒の本当の関係

史実の宇野千代が燕楽軒に勤めたのは、18日間だけでした。『ブラッサム』の時代・風俗考証を担当した刑部芳則氏の評伝『宇野千代 昭和モダニズムの伝道者』(NHK出版新書)の年表に、そう記されています。

(参照:国立国会図書館サーチ・刑部芳則『宇野千代 昭和モダニズムの伝道者』(NHK出版新書765))

この本は、ドラマを作っている側の考証担当者が書いた評伝です。あとがきで、2026年の『ブラッサム』で千代がモデルに選ばれ、自身が風俗考証を担当したと著者本人が書いています。

つまり、ネット上のまとめ記事よりも上位に置ける出典だと考えられます。本記事ではこの18日間という数字を、同書の記述として扱います。

一方でドラマの珠は、悠樂軒に長く勤めます。朝10時から夜8時までの勤務で、同僚と関係を築き、常連客に原稿を手渡すまでになります。

ここは史実との大きな違いです。18日を数年分に広げたのが、ドラマの悠樂軒だと考えられます。

18日間で芥川龍之介・滝田樗陰らと出会っていた

わずか18日間でしたが、千代はこの店で多くの文学者と知り合っています。刑部氏の年表には、滝田樗陰、今東光、芥川龍之介、菊池寛、東郷青児の名前が挙げられています。

滝田樗陰は『中央公論』の主幹です。のちに千代が『中央公論』でデビューすることを考えると、この出会いの重さが分かります。

東郷青児は、のちに千代が同棲し、『色ざんげ』の題材にもなった画家です。出会いの場所が燕楽軒だったという点は、刑部氏の年表で初めて見えてくる情報です。

18日という短さと、出会った人の顔ぶれの濃さ。この落差が、悠樂軒を物語の中心に据えた理由なのではないかと考えられます。

ドラマと史実の違いを整理する

悠樂軒に関わる部分で、ドラマと史実がはっきり違うところを表にまとめます。どちらかが間違っているという話ではなく、ドラマが物語として作り替えている箇所です。

項目ドラマ『ブラッサム』史実(刑部芳則氏の評伝)
店の名前悠樂軒(架空)燕楽軒
働いた期間長く勤める設定18日間
懸賞小説の賞金200円366円
勤務先の銀行(夫)札幌拓殖銀行北海道拓殖銀行
NHK出版の公式ドラマガイドと刑部芳則『宇野千代 昭和モダニズムの伝道者』(NHK出版新書)の記述を比較(確認日:2026年10月26日)

なぜ資料によって年や数字がずれるのかについて、刑部氏はあとがきで理由を説明しています。千代の私小説は面白く書かれているため実際とは大きく異なり、一年ずれたり時系列が逆転したりしているというのです。

千代本人の生涯をもう少し追いたい方は、朝ドラ『ブラッサム』の実在モデルは作家・宇野千代の記事で98年の生涯を整理しています。

悠樂軒のキャスト一覧|熊田・松子・ヨネ・スギの4人

悠樂軒のキャスト一覧|熊田・松子・ヨネ・スギの4人

悠樂軒で働くのは、店長の熊田と3人のウエイトレスです。公式ドラマガイドの相関図と出演者紹介に記載された配役は、次のとおりです。

役名演じる人役どころ
熊田斎藤司(1979年生・神奈川県)悠樂軒の店長。珠を採用する
松子瀬戸さおり(1989年生・福岡県)古株のウエイトレス
ヨネ誠(1999年生・東京都/ヨネダ2000)珠の先輩のウエイトレス
スギ愛(1996年生・神奈川県/ヨネダ2000)珠の先輩のウエイトレス
NHK出版『連続テレビ小説 ブラッサム Part1』の相関図・出演者紹介より整理(確認日:2026年10月26日)

この4人の配役は、2026年7月の出演者発表時にも報じられています。4人とも連続テレビ小説は初出演です。

(参照:リアルサウンド映画部・朝ドラ『ブラッサム』新キャストにトレエン 斎藤司、瀬戸さおり、ヨネダ2000、赤堀雅秋ら)

珠が悠樂軒に入るのは第5週、1916年10月から1917年にかけての場面です。店長の熊田が珠を採用し、先輩としてスギ、ヨネ、松子がいる形で描かれます。

店長・熊田を演じる斎藤司

熊田を演じるのは斎藤司さんです。公式ドラマガイドの出演者紹介では1979年生まれ・神奈川県出身と記されています。

役としての熊田は、珠を採用する人物です。上京してきた珠に最初の勤め先を与える立場ですから、物語の入口を開く役どころだといえます。

珠の勤務時間は朝10時から夜8時まで。長時間の立ち仕事をしながら、夜に小説を書く生活がここから始まります。

珠が結婚して札幌へ移るときには、悠樂軒と『首都公論』の両方へあいさつに行く場面があります。店が珠にとって区切りをつける相手になっていることが分かります。

古株ウエイトレス・松子を演じる瀬戸さおり

松子を演じるのは瀬戸さおりさんです。公式ドラマガイドでは1989年生まれ・福岡県出身と紹介されています。

役は悠樂軒の古株のウエイトレスで、珠の先輩にあたります。新人の珠から見れば、店のやり方を教えてくれる立場です。

瀬戸さんは公式ドラマガイドのインタビューで、宇野千代の『幸福は幸福を呼ぶ』を数年前に読んでいたと語っています。出演が決まる前から千代の本に触れていたことになります。

悠樂軒の先輩3人のうち、松子だけが固有の名前として扱われている点も特徴です。珠と同じ画面に長く立つ役だと考えられます。

ヨネとスギはヨネダ2000の2人

ヨネとスギを演じるのは、お笑いコンビ・ヨネダ2000の誠さんと愛さんです。公式ドラマガイドでは、誠さんが1999年生まれ・東京都出身、愛さんが1996年生まれ・神奈川県出身と記されています。

役名が「ヨネ」と「スギ」であることから、コンビ名との関係を気にする声もあります。ただし、役名の由来について公式の説明は見つかりませんでした。

2人は役としては珠の先輩のウエイトレスです。悠樂軒の厨房と客席をつなぐ日常の場面を支える配置になっています。

キャスト全体の顔ぶれを確認したい方は、ブラッサムの実在モデル一覧に主要人物を整理しています。

悠樂軒は物語が交差する店|『首都公論』の2人と『脂粉の顔』

悠樂軒は物語が交差する店|『首都公論』の2人と『脂粉の顔』

悠樂軒は、珠が働くだけの店ではありません。文芸雑誌『首都公論』の編集長と副編集長が通う常連客の店として設定されており、珠が原稿を渡す場所になります。

つまり、ウエイトレスの珠と、雑誌の決定権を持つ人間が同じ空間にいるのです。これが物語を前に進める仕掛けになっています。

さらに悠樂軒は、珠の作品そのものの題材にもなります。働く場所が、書く材料に変わっていく構造です。

常連客は黒崎大三郎と山中勇三

常連客として描かれるのは、『首都公論』編集長の黒崎大三郎(遠藤憲一)と、副編集長の山中勇三(井浦新)です。公式ドラマガイドは、黒崎を「動」、山中を「静」として対比的に紹介しています。

珠が原稿を差し出したときの黒崎の評は「……稚拙。つまらん」。最初の評価は厳しいものです。

公式ドラマガイドには、回数の手がかりも書かれています。第24回で黒崎が珠の原稿の感想を初めて伝え、第27回では黒崎が怒って悠樂軒を出ていきます。

この第27回について、外から店内をのぞき込む芝居はアドリブだったと誌面に書かれています。悠樂軒という場所の作りが、芝居の自由を生んだ例だといえます。

悠樂軒の女給が『脂粉の顔』の題材になる

珠が懸賞小説に応募する『脂粉の顔』は、悠樂軒の女給お澄をめぐる話として書かれます。金持ちのスイス人フーバーから愛人契約を持ちかけられる、という筋立てです。

珠はこれを約1週間で書き上げ、時代新報の新人小説募集で一等に選ばれます。ドラマでの賞金は200円と描かれています。

史実の宇野千代も、『脂粉の顔』で時事新報の懸賞短編小説の一等を取っています。ただし刑部氏の年表では賞金は366円で、ドラマの数字とは異なります。

働いた店の光景が作品になり、その作品が作家としての出発点になる。悠樂軒が珠の人生で果たす役割は、ここに集約されていると考えられます。

悠樂軒について、公式に発表されていないこと

悠樂軒について、公式に発表されていないこと

悠樂軒には、まだ公式に説明されていない点がいくつもあります。分かっていないことを分かっていないと書いておくほうが、あとで読み返したときに役に立ちます。

本記事で確認できた資料の範囲では、次の項目に記載がありませんでした。

  • ツバメを店の象徴に選んだ理由についての、美術側の明確なコメント
  • ツバメの意匠が店内に何か所あるのかという具体的な数
  • 役名「ヨネ」「スギ」の由来
  • 実在の燕楽軒の番地と、建物の現在の状況
  • 悠樂軒のセットが組まれた具体的なスタジオ

特に実在の燕楽軒については、ネット上に断片的な情報が流れていますが、本記事で裏が取れたのは「本郷にあった」という点までです。確認できていないことは書かない方針としています。

今後、NHKの番組公式サイトや公式ドラマガイドPart2で説明が出る可能性があります。新しい情報が確認できた時点で、この記事に追記します。

まいこの視点

正直に言うと、最初に観たときは壁まで意識していませんでした。

2回目に観たとき、壁に何かが飾られていることに気づきました。いったん止めてよく見ると、少し厚みのあるツバメの飾りだったんです。

お店のモデルが燕楽軒だと知ってからは、「燕」を店内に残す演出のつくり込みに驚きました。一度目で気づかなかった方も、見返すときはぜひ壁に注目してみてください。

ブラッサム悠樂軒についてよくある質問

ブラッサム悠樂軒についてよくある質問

悠樂軒は実在するお店ですか?

実在しません。公式ドラマガイドの美術特集に、宇野千代が実際に働いた「燕楽軒」にちなむ架空の店だと明記されています。

悠樂軒の読み方は何ですか?

「ゆうらくけん」と読みます。モデルの燕楽軒は「えんらくけん」です。

宇野千代は燕楽軒でどのくらい働いたのですか?

18日間です。『ブラッサム』の時代・風俗考証を担当した刑部芳則氏の評伝の年表に、大正6年(1917年)に18日間勤めたと記されています。

悠樂軒のツバメはどこにありますか?

ステンドグラスとついたて、そして店内各所です。公式ドラマガイドの美術特集にそう書かれており、何か所あるかという数は公表されていません。

悠樂軒の店長を演じているのは誰ですか?

店長・熊田を演じるのは斎藤司さんです。先輩ウエイトレスは松子(瀬戸さおり)、ヨネ(誠)、スギ(愛)の3人で、ヨネとスギはヨネダ2000の2人です。

悠樂軒が出てくるのは何週目ですか?

第5週からです。公式ドラマガイドのあらすじでは、1916年10月から1917年にかけての場面で珠が悠樂軒のウエイトレスになります。

まとめ|悠樂軒は「18日間」を物語に広げた店

まとめ|悠樂軒は「18日間」を物語に広げた店

悠樂軒は、宇野千代が実際に働いた燕楽軒にちなむ架空の店です。公式ドラマガイドの美術特集に明記されており、ここは言い切れる部分です。

店の象徴はツバメで、ステンドグラスやついたてに置かれています。献立表もオリジナルでデザインされました。

一方で史実の千代が燕楽軒にいたのは18日間だけでした。その18日間で滝田樗陰や芥川龍之介らと出会っています。

18日という短い時間を、作家が生まれる場所として数年分に広げたのが悠樂軒です。そう考えると、ツバメの意匠が置かれた意味も少し違って見えてきます。

参考文献

図書館で借りた宇野千代の資料5冊の背表紙
図書館で借りて確認(2026年10月26日)

本記事は放送前・放送中に公表された情報をもとに書いています。公式発表が更新された場合は、確認のうえ追記します。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次