朝ドラ『ブラッサム』で、葉野珠たちが女学校の図書室で作った同人誌『黎明』。あの雑誌には実在のモデルがあるのでしょうか。
一緒に机を囲んでいた角田忍・森岡稲子・橋本タエの3人は、何者なのか。忍が持ち出した『青鞜』という雑誌は実在するのか。
この記事では、公式ドラマガイドと考証担当者の評伝、それに国の公式資料を突き合わせ、分かっていることと分かっていないことを分けて整理します。
『黎明』のモデルには3つの候補があります

ドラマの同人誌『黎明』に対応する実在の雑誌としては、宇野千代が関わった3つの雑誌が候補になります。女学校時代の回覧雑誌(同人誌)、『海鳥』、『啓明』です。
宇野千代は『ブラッサム』の主人公・葉野珠のモデルとして公式ドラマガイドに明記されている作家です。その千代が、女学校を出たころに仲間と同人誌『海鳥』を発行したことが、同じガイドの年譜に載っています。
さらに千代は、『海鳥』の5年ほどあとに『啓明』という同人誌へも熱心に投稿していました。こちらは誌名の作りが『黎明』とよく似ています。
どちらが『黎明』のもとになったのかは公式に発表されていません。そこで本記事では3つを並べ、それぞれ何が一致して何が合わないのかを整理します。
| 候補 | 時期 | 一致する点 | 合わない点 |
|---|---|---|---|
| 女学校時代の回覧雑誌・同人誌 | 在学中(1914年卒業まで) | 女学校の友人と作り、校長室に呼ばれて叱られた経過 | 誌名が伝わる資料が限られる(自伝的小説では『海潮音』) |
| 『海鳥』 | 大正3〜4年(1914〜15)ごろ | 3号で終わった経過、仲間との写真の逸話 | 卒業後の雑誌で、誌名の作りも『黎明』と遠い |
| 『啓明』 | 大正9〜10年(1920〜21) | 誌名の作り(啓→黎の一文字違い) | 女学校時代ではなく、札幌で暮らした時期の雑誌 |
時期と状況で見れば女学校時代の雑誌、名前の作りで見れば『啓明』です。一致する場所がずれているため、1つに決める材料はそろいません(※候補の比較は本記事の推定です)。
宇野千代その人の生涯については、別の記事でまとめています。
朝ドラ『ブラッサム』の実在モデルは作家・宇野千代|98年の生涯と3度の結婚、ドラマとの共通点
女学校時代の回覧雑誌は、校長室の場面と重なります
ドラマの状況にいちばん近いのは、千代が在学中に友人と作った雑誌です。
プレジデントオンラインの平山亜佐子氏の記事は、千代が女学校の友人と回覧雑誌を作り、先生に見つかって校長室で叱られたと紹介しています。
ドラマの4人が校長室に呼ばれる流れと、ほぼ同じ形です。
一方でロケTVは、自伝的小説『生きて行く私』に、女学校の仲間と『海潮音』という同人誌を作った回想があると紹介しています。
この『海潮音』と回覧雑誌が同じものかどうかは、確認できていません。『生きて行く私』の該当箇所も、本記事では現物未確認です。
(参照:プレジデントオンライン「宇野千代が17歳の教員時代に…」/ロケTV「同人誌『黎明』、表紙写真撮影」)
『海鳥』の発行年は資料で1914年と1915年に分かれています
『海鳥』がいつ出たのかは、資料によって1年のずれがあります。ここは正直に両方を並べます。
| 資料 | 『海鳥』の発行 | そのほかの記述 |
|---|---|---|
| NHK出版『連続テレビ小説 ブラッサム Part1』の年譜 | 1914年(大正3)・17歳 | 女学校を卒業し代用教員になった年。『女子文壇』にも投稿 |
| 刑部芳則『宇野千代 昭和モダニズムの伝道者』の関連年表 | 1915年(大正4)・18歳 | 3号で廃刊。同じ年に職場の新任教師と恋に落ちて教職を追われる |
この1年の差には理由があります。刑部氏は同書のあとがきで、千代の私小説は読み物として面白く書かれているため実際とは大きく異なり、1年ずれたり時系列が逆転したりしていると説明しています。
(出典:NHK出版『連続テレビ小説 ブラッサム Part1』NHKドラマ・ガイド/刑部芳則『宇野千代 昭和モダニズムの伝道者』中公新書ラクレ・2026年。いずれも2026年10月26日までに現物で確認)
なお『海鳥』は学校の外の雑誌です。ステラnetの取材記事は、文学を愛する7人の仲間で立ち上げ、3号まで発行したと伝えています。
(参照:ステラnet「宇野千代と岩国――教壇から作家へ(後編)」)
『啓明』は札幌時代の同人誌で、誌名の作りが一致します
『啓明』は、千代が札幌で暮らした時期の同人誌です。大正9〜10年(1920〜21)にあたります。
小林輝冶ほか『宇野千代 女の一生』には、千代が従兄の藤村忠と札幌で暮らしながら『啓明』へ熱心に投稿していたと記されています。第3号は大正10年3月の発行で、同じ号に藤村千代名義で「兵卒と彼女」が載りました。
「宇野千代」の筆名より前、結婚後の姓で書いていた時期の作品ということになります。
この『啓明』が候補になる理由は、誌名の作りです。「啓」を「黎」に替えると、そのまま『黎明』になります。
『ブラッサム』は実在の名前を一文字だけ替えて登場させる作り方をしています。川端康成が川岸康成、広津和郎が広瀬和郎、萩原朔太郎が萩宮朔太郎という具合です。
啓明から黎明への置き換えは、この作り方に当てはまります(※本記事の推定で、公式の説明ではありません)。
ただし『啓明』は女学校時代の雑誌ではありません。ドラマの『黎明』は同級生4人で作る同人誌ですから、時期と状況のほうは合いません。
(出典:小林輝冶ほか『宇野千代 女の一生』新潮社・とんぼの本/誌面を確認:2026年10月29日)
同人誌の前に、変名で『女子文壇』へ投稿していました
千代が最初に文章を世に出した場は、同人誌ではなく投稿雑誌『女子文壇』でした。
刑部氏の年表では、父が亡くなった1913年ごろから文学に興味を持ち、『女子文壇』などへ変名での投稿を始め、文学サークルを始めたと記されています。公式ドラマガイドの年譜も、『海鳥』と並べて『女子文壇』への投稿を挙げています。
本名ではなく変名だった点は、見落とされがちですが大事なところです。「宇野千代」という筆名を使い始めたのは1924年5月、雑誌『婦人』からだと刑部氏の年表にあります。
どれが正解とも、公式には発表されていません
ここは線を引いておきます。『黎明』が3つの候補のどれをモデルにしているという公式の発表も、確認できていません。
公式ドラマガイドが「モデル」「モチーフ」と言い切っているのは、葉野珠と宇野千代、西尾一路と尾崎士郎、土橋風子と吉屋信子、そして洋食店「悠樂軒」と燕楽軒の組み合わせです。
同人誌については、そうした明記がありません。ですので本記事でも、候補を示す書き方にとどめます。
そのうえで、3つの候補はそれぞれ別の根拠で立っています。
- 主人公のモデルが宇野千代だと公式に明記されている(どの候補にも共通する前提)
- 女学校時代の回覧雑誌は、友人と作って校長室で叱られた経過がドラマと重なる
- 『海鳥』は仲間との同人誌で、3号で終わった点が「続かなかった」展開と重なる
- 『啓明』は誌名が『黎明』と一文字違いで、実在の名前を一文字ずらすこのドラマの作り方に合う
どれかを切り捨てる材料は、いまのところ見当たりません。ドラマは複数の史実を組み合わせた可能性もあります(※推定です)。
ドラマに出てくる名前と史実の対応をまとめた記事もあります。
ブラッサムの実在モデル一覧!西尾一路は尾崎士郎・土橋風子は吉屋信子
ドラマの『黎明』に4人がそれぞれ書いたもの

『黎明』は、珠と同級生3人の計4人で作った同人誌です。誰が何を書いたかまで、公式ドラマガイドのあらすじに記されています。
| 書いた人 | 演じる俳優 | 『黎明』に載せたもの |
|---|---|---|
| 葉野珠 | 石橋静河 | 『イワンの馬鹿』を作り変えた「やさしいアンナ」 |
| 角田忍 | 木竜麻生 | 「女性の地位向上を阻む十三の壁」という論文 |
| 森岡稲子 | 華優希 | 短歌 |
| 橋本タエ | 中井千聖 | ガイドに記載なし |
小説、論文、短歌と、1冊の中で形式がばらけています。4人の関心が違っていたことが、誌面の構成から見えてきます。
舞台は1913年(大正2)春、珠は16歳で山口第二高等女学校の4年生。4人がいつも集まっていたのは図書室でした。
珠が書いたのは『イワンの馬鹿』の書き換えでした
珠が『黎明』に出したのは、トルストイ『イワンの馬鹿』を自分の手で作り変えた「やさしいアンナ」という作品です。
この回で珠は『イワンの馬鹿』を読み、社会風刺に感心したとガイドのあらすじにあります。つまり最初の作品は、ゼロから生まれたものではなく、読んで感心した話の作り直しでした。
『黎明』は校長室に呼ばれて続刊を禁じられます
4人は校長室に呼び出され、『黎明』は続刊の禁止を言い渡されます。これも公式ドラマガイドのあらすじに書かれている展開です。
史実で校長室に対応するのは、先ほどの在学中の回覧雑誌です。
『海鳥』も3号で廃刊になったと刑部氏の年表にありますが、理由は書かれていないため推測しません。
ただしドラマの『黎明』は、これで終わりではありません。第10回で珠が「またやろう」と言い出し、4人は復刊を決めます。
角田忍(木竜麻生)は『青鞜』を朗読し、男装もする同級生
同級生3人のうち、物語を動かす役割がはっきりしているのが角田忍です。演じるのは木竜麻生(1994年生・新潟県出身)です。
忍は『黎明』に論文を書き、『青鞜』を学校に持ち込み、のちに新聞記者になります。女学校という閉じた場所に外の空気を持ち込む係、と言えます。
『青鞜』を持ち出し「元始、女性は……」を朗読します
忍は文芸誌『青鞜』を持ち出し、平塚らいてうの発刊の辞の一文を仲間の前で朗読します。公式ドラマガイドのあらすじでは、この一文は「元始、女性は実に太陽であった」と記されています。
国立国会図書館「近代日本人の肖像」の平塚らいてうの項には、明治44年(1911年)に青鞜社を設立して女性文芸誌『青鞜』を刊行し、創刊号に日本の女権宣言といわれる文章を書いたと記されています。
同ページの表記は「元始、女性は太陽であった」で、ガイドのあらすじとは「実に」の有無が違います。
これは発刊の辞の題と本文の違いです。題が「元始、女性は太陽であった」、本文の書き出しが「元始、女性は実に太陽であった」です。
(出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」平塚らいてう https://www.ndl.go.jp/portrait/datas/380 /2026年10月28日確認/お茶の水女子大学の論文(発刊の辞の引用))
第10回、表紙写真の撮影で忍は男装します
第10回で『黎明』の表紙写真を撮る場面があり、そこで忍の男装が見られます。これは公式ドラマガイドの木竜麻生の紹介ページに記されています。
男装の理由について、木竜麻生は「男とか女とかの“くくり”ではなく」、ただ角田忍でいたくて「着てみたいものを着ただけ」ではないかと語っています。
この写真にも史実の手がかりがあります。千代の仲間の1人が、三高の帽子をかぶった男装で写真館で写ったという逸話です。
仲間が女学校の友人か『海鳥』のメンバーかは、紹介する記事で分かれています(ロケTVは前者、プレジデントオンラインは後者)。
代用教員を経て、忍は婦人記者になります
忍はその後、珠と同じ岩国第三尋常小学校で代用教員になります。学級は学力別で、勉強ができる子の一組を忍が、二組を珠が受け持ちます。
そして忍は東京行きを決め、婦人記者を目指します。1921年(大正10)を描く回では、忍はすでに新聞記者になり、職業婦人の活躍を記事にしていると語られます。
なお、忍に対応する実在の人物がいるかどうかは、公式には発表されていません。女学校の同人誌仲間に対応する人物は、確認できた資料では特定できません。
森岡稲子(華優希)と橋本タエ(中井千聖)が担うもの
残る2人、森岡稲子と橋本タエについては、公式資料に書かれている情報の量が忍より少ないのが実情です。分かっている範囲だけ書きます。
稲子は短歌を書き、そして早く嫁ぎます
森岡稲子を演じるのは華優希(1993年生・京都府出身)です。宝塚歌劇団の花組でトップ娘役を務めた経歴があります。
稲子が『黎明』に載せたのは短歌でした。論文の忍、小説の珠に対して、稲子は韻文の担当だったことになります。
そして1914年(大正3)を描く回のあらすじでは、珠と忍が代用教員になった時点で、稲子はすでに嫁いだと語られます。
珠が代用教員、忍が記者志望、稲子が結婚。同じ机を囲んでいた4人の進路が、卒業の前後で三方向に割れます。
橋本タエについて公式に分かっていること
橋本タエを演じるのは中井千聖(1999年生・神奈川県出身)です。
タエについて公式ドラマガイドから読み取れるのは、山口第二高等女学校の同級生であること、図書室に集まる4人の1人であることまでです。
『黎明』に何を書いたかは記されていません。忍の論文、稲子の短歌、珠の小説は書かれているのに、タエの担当だけが空欄になっています。
『青鞜』と平塚らいてうは史実です

忍が持ち込む『青鞜』と、創刊号に発刊の辞を書いた平塚らいてうは、どちらも実在します。ここはドラマの創作ではありません。
『青鞜』は女性が書いた文章を女性が編集して出す文芸誌でした。投稿雑誌の『女子文壇』とは、成り立ちが違います。
自分たちで雑誌を立ち上げるという形が、すでに東京で現実のものになっていた。その現物が山口の女学校の図書室に持ち込まれる、というのが『ブラッサム』の第2週です。
良妻賢母の学校で同人誌を作ることの意味

公式ドラマガイドは、珠が通う山口第二高等女学校を「良妻賢母の育成が目的の学校」と説明しています。この一言は、制度の裏付けがある言い方です。
文部科学省「学制百年史」によると、高等女学校令は1899年(明治32)2月8日に公布され、その目的は「女子ニ須要ナル高等普通教育ヲ為ス」と定められました。
さらに同資料には、1899年7月の地方視学官会議で樺山文相が高等女学校の役割を「賢母良妻タラシムルノ素養ヲ為スニ在リ」と説明したことが記され、これが後の「良妻賢母主義」の教育につながると述べられています。
(出典:文部科学省「学制百年史」二 高等女学校令の制定 https://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/others/detail/1317627.htm /2026年10月28日確認)
学校の目的と、4人がやったことはずれています
学校の側が掲げていたのは、良い妻・賢い母になるための素養を養うことでした。つまり卒業後の進路は、家庭に置かれることが前提でした。
その学校の図書室で、4人は自分たちの名前で雑誌を作ります。忍が書いたのは「女性の地位向上を阻む十三の壁」という論文です。
学校が用意した枠と、4人が作ったものの向きは、見事にずれています。校長室に呼ばれて続刊を禁じられる展開も、この枠の中では自然な帰結です。
同じ時代に、書く場を作った人がもう1人います
『ブラッサム』には、のちに珠の前に現れる女性作家がいます。土橋風子(尾野真千子)です。
公式ドラマガイドは、風子のモデルを少女小説家の吉屋信子と明記しています。
図書室で手作りした『黎明』と、書店に並ぶ雑誌の巻頭を飾る風子の小説。同じ「女性が書いたもの」でありながら、置かれている場所が違います。
ブラッサム土橋風子(尾野真千子)の実在モデルは吉屋信子!花物語と門馬千代
同人誌をめぐるドラマと史実の違い

『黎明』の場面は、史実をそのまま置いたものではありません。はっきり違う点が複数あります。
| 項目 | ドラマ『ブラッサム』 | 史実(公式年譜・刑部本・小林本) |
|---|---|---|
| 同人誌の名前 | 『黎明』 | 回覧雑誌(『海潮音』)・『海鳥』・『啓明』が候補 |
| 作った時期 | 女学校4年生・16歳(1913年) | 回覧雑誌は在学中(1914年卒業まで)、『海鳥』は17〜18歳(1914年または1915年)、『啓明』は20代前半(1920〜21年) |
| 学校名 | 山口第二高等女学校 | 玖珂郡立岩国高等女学校(現・岩国高等学校) |
| 終わり方 | 校長室で続刊を禁じられ、のちに復刊を決める | 回覧雑誌は校長室で叱られる。『海鳥』は3号で廃刊(理由は年表に記載なし) |
| 投稿雑誌 | ガイドのあらすじに記載なし | 変名で『女子文壇』などに投稿 |
| 勤務先の小学校 | 岩国第三尋常小学校 | 川下尋常高等小学校 |
いちばん大きいのは、複数の雑誌の要素が1冊にまとまって見える点です。
校長室は在学中の回覧雑誌、男装の写真は仲間との逸話、名前は『啓明』に近いという具合です(※組み合わせは本記事の推定です)。
- ドラマの名前は、実在の名前を一文字ずらして作られていることが多い
- 年や数字は、物語として組み直されている場合がある
- 公式が「モデル」と言っていない組み合わせは、断定せず根拠を添えて読む
よくある質問
同人誌『黎明』は実在した雑誌ですか?
『黎明』はドラマの中の雑誌名です。史実の宇野千代が関わった雑誌としては、女学校時代の回覧雑誌、『海鳥』、『啓明』の3つが候補になります。
同じ名前の雑誌は確認できていません。
ただし「10代で仲間と同人誌を出した」という出来事そのものは、公式ドラマガイドの年譜にある史実です。
『海鳥』と『啓明』は何号まで出たのですか?
『海鳥』は3号で廃刊になったと、刑部芳則『宇野千代 昭和モダニズムの伝道者』の関連年表に記されています。廃刊の理由は書かれていないため、本記事では推測しません。
『啓明』は、第3号が大正10年3月に発行されたことが小林輝冶ほか『宇野千代 女の一生』で確認できます。その号に藤村千代名義の「兵卒と彼女」が載りました。
忍が読む『青鞜』は本当にあった雑誌ですか?
実在します。1911年(明治44)に平塚らいてうが青鞜社を設立して刊行した女性文芸誌です(国立国会図書館「近代日本人の肖像」/2026年10月28日確認)。
ドラマの時代設定は1913年ですから、創刊から2年ほどの新しい雑誌という位置づけになります。
角田忍や橋本タエに実在のモデルはいますか?
公式の発表はありません。女学校時代の仲間で、3人に対応する人物は確認できた資料では特定できません。
そのため、本記事では3人について実在の人物を当てはめていません。
同人誌の回を見逃しました。どこで観られますか?
見逃した回の視聴方法は、別の記事で配信サービスごとに整理しています。
ブラッサムの見逃し配信はどこ?NHKプラス・オンデマンド・U-NEXT比較
まいこの視点
女性は良き妻、良き母になることを求められた時代です。同人誌を作って自分たちの思いをぶつけるのは勇気のいることで、4人の行動力に感動しました。
『黎明』が完成するまで、珠には決断に二の足を踏むような場面もありました。そんな珠が作家としてどう成長していくのか、期待しています。
再び作る同人誌の表紙写真の撮影では、それぞれ好きな格好で臨む姿が本当に楽しそうでした。この4人に幸せな未来が待っていてほしいです。
まとめ
『黎明』のモデルには、宇野千代の3つの雑誌が候補として挙がります。公式の明記がないため、どれとも断定はしません。
- 女学校時代の回覧雑誌は、校長室で叱られた経過がドラマと一致する
- 『海鳥』は卒業のころの同人誌で、3号で廃刊
- 『啓明』は札幌時代の同人誌で、誌名が『黎明』と一文字違い。命名の作りが一致する
- 『海鳥』の発行年は資料で1914年と1915年に分かれる
- 千代は同人誌の前に、変名で『女子文壇』などへ投稿していた
- 角田忍(木竜麻生)は論文を書き、『青鞜』を朗読し、第10回で男装する
- 森岡稲子(華優希)は短歌を書き、早く嫁ぐ。橋本タエ(中井千聖)の担当はガイドに記載なし
- 『青鞜』と平塚らいてうは史実。1911年に青鞜社から創刊された
- ドラマは複数の史実を組み合わせた可能性がある(※推定)
進路は1年ほどで三方向に割れますが、この1冊が珠にとって最初の「読まれる場」だったことは変わりません。

参考にした情報
- NHK出版『連続テレビ小説 ブラッサム Part1』NHKドラマ・ガイド(現物で確認。相関図・キャスト紹介・あらすじ・宇野千代年譜)
- 刑部芳則『宇野千代 昭和モダニズムの伝道者』中公新書ラクレ・2026年(著者は『ブラッサム』の時代・風俗考証担当。岩国市民図書館で借りて確認/2026年10月26日)
- 小林輝冶ほか『宇野千代 女の一生』(新潮社・とんぼの本)/誌面を確認:2026年10月29日
- 国立国会図書館「近代日本人の肖像」平塚らいてう(確認日:2026年10月28日)
- 文部科学省「学制百年史」二 高等女学校令の制定(確認日:2026年10月28日)
- NHK 連続テレビ小説『ブラッサム』番組公式サイト(2026年10月28日確認)
- MANTANWEB「同人誌『黎明』が“復刊”」(確認日:2026年11月3日)
- シネマカフェ「“忍”役の木竜麻生」コメント(確認日:2026年11月3日)
- プレジデントオンライン 平山亜佐子氏の記事(確認日:2026年11月3日)
- ステラnet「宇野千代と岩国――教壇から作家へ(後編)」(確認日:2026年11月3日)
- ロケTV「同人誌『黎明』、表紙写真撮影」(確認日:2026年11月3日)
- お茶の水女子大学の論文(発刊の辞の引用)(確認日:2026年11月3日)
- おいでませ山口へ「作家・宇野千代とは?」(確認日:2026年11月3日)
公式に明記がない事柄は「〜と思われます」と書き、根拠を本文に示しました。裏が取れなかった項目は「公式には発表されていません」と記しています。

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